駅のホームに、小学生くらいの男の子と、無骨そうなお父さんが、居た。
男の子は寝癖が付いていて、暑いのか、脱いだダウンをまとめてくしゃくしゃにして持っていた。
お父さんは、少し片足を引き摺るように歩いていた。
お腹が空いたねえ、と、2人で言い合って、男の子がお父さんの胸に、すとん、と、頭を預けた。
お父さんの胸に、男の子はぎゅっと顔を押しつけて、埋もれるように抱きついた。
お父さんは自然にそれを抱きとめて、男の子の頭を、何度も何度も、撫でた。
撫でて、男の子の頭に、自分の頬を撫ぜて、また頭を撫でた。
男の子は、されるがままに身を預けていた。
男の子と、お父さんの間にあるものは、何だろう。わたしの記憶には、失くなってしまったものが確かにそこにあって、暗黙の了解でそこにあって、それは、目に見えないけれど、とても確固としたもので、同時にとても暖かくてやわらかくて、見つめていたら、泣きそうになってしまった。
男の子の鼻をくすぐる、お父さんの体温と、匂い。
私の記憶から、失くなってしまったもの。もしかしたら、経験したことがあるのかもしれないもの。わたしが欲しかったもの。わたしが忘れてしまって、喉から手が出るほど思い出したいもの。
2人を残して、電車の扉は閉まる。
わたしは2人の姿を覚えていたくて、一生懸命に、これを書いている。